2000年3月25日(土)〜3月26日(日)

奥多摩      秩父

天目山 七跳山  大平山

3月25日 晴

奥多摩駅⇒バス⇒東日原835→歩→一杯水避難小屋1105−1135→歩→天目山1205−1230→歩→七跳山1355−1410→歩→大クビレ1500−1520→歩→大平山1535−1545→歩→途中1645
[途中テント泊]

3月26日 晴

途中605→歩→大ドッケ625−630→歩→浦山大日堂910⇒バス⇒秩父駅

1泊2日 単独

一杯水避難小屋から天目山へは小屋裏手の踏跡をたどる。道標がないので少々分かりにくいかもしれない。天目山頂上からさらに踏跡を行くと、間もなく縦走路と合流する。七跳山へは七跳山下のゴンパ尾根分岐から不明瞭な踏跡があるのでそこを登る。七跳山から大クビレまで分かりにくい。尾根を外さないように注意する。大クビレ手前は笹の斜面でほとんど踏跡もない。大クビレに壊れた作業小屋があるのが見えてくるので、それを目指して強引に下った。大クビレは林道が越えていて、小屋の前は広くなっている。大クビレから大平山までは道がある。大平山から1469m地点付近まで踏跡と赤ペンキの印があるが、その後大ドッケ下方標高1100m付近まで背丈ほどの猛烈な笹ヤブである。踏跡ほとんどなし。見通しも悪く注意が必要。大ドッケ手前に二重稜線のようになっている所があり、稜線間の窪みにスペースがあったので幕営した。大クビレからヤブを抜けるまでにテントを張れそうなのはここだけだった。大ドッケに古い道標があった。「大平山方面約120分、川又・毛附に至る約1時間」と記されていた。昔は道があったのであろうか?大ドッケから細久保方面へ尾根を忠実にたどるとやがて61号送電線鉄塔に達する。61号鉄塔から送電線巡視道に従って川俣へ下山。その途中でも古い道標を見かけた(写真)。川俣集落上部の浦山大日堂から始発バスに乗った。(2000年4月9日記載 2000年6月21日更新)


川俣近くの道端で見かけた古い道標(2000年3月26日)

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