2010年12月25日(土)

大菩薩連嶺

水無山 尾越山

12月25日 晴

営業所前 ⇒バス⇒ 上和田715 →歩→ 水無山830−840 →歩→ 尾越山900−915 →歩→ 上平1050 →歩→ 奈良子入口1105 →歩→ 田無瀬1115 →歩→ 日影奥山入口1130 →歩→ 岩殿上1150 →歩→ 猿橋駅1220

日帰り 単独

上和田から国道を竹ノ向方向へ数分行くと「水無山 大峰 大樺ノ頭→」と書かれた道標があるので、これに従って左に分かれる車道に入る。2万5千分の1地形図の車道の終点から山道が始まっているようだが、実際には車道はさらに奥に続いていて、道標もそちらを指しているのでさらに進む。少し行くと最奥と思われる民家があり、その手前から道標に従って登山道が始まる。上和田バス停から15分ほどだった。尾根の上の方に向かって登っていく。小祠を見て、斜面をカーブしながら登っていくと、アンテナがあり尾根上に出る。尾根上を行くと、すぐに右に尾根から逸れていく踏跡を分ける。2万5千分の1地形図にある大峰方面に向かう旧道であろうか?尾根上を真っ直ぐ登っていく。勾配がきつい箇所もあり、なかなか堪える登りである。急な場所は堆積した落葉で滑り易い。右手の樹間に見えていた大峰の鋭鋒が右後方になり、やがて楢ノ木尾根に合流する。「←上和田 大峰→」と書かれた道標があり、ここで左折して数分行くと水無山頂上に到着した。水無山頂上は道の途中のような場所であるが、標識が頂上であることを知らせてくれる。冬枯れで木々の向こうに富士山が見えるが、夏場の眺望は期待できそうもない。水無山から尾越山まで緩やかな稜線上をたどる。標高1098.9mの三角点が尾越山である。尾越山頂上は小広く、標識と三角点がある。尾越山頂上から手前の鞍部まで戻り、尾越山の西側を巻く踏跡に入る。尾越山を巻き終わると、標高879m地点まで稜線を外さないように下っていく。右手の樹間に雁ケ腹摺山が見ることができる。尾越山から標高879m地点まで約20分だった。標高879m地点から道は緩やかになる。途中の南西方向に尾根が分かれる付近は、堆積した落葉の上に動物が遊んだ跡がたくさん残っていた。標高779m地点の手前で奈良子方面に踏跡が認められた。標高879m地点から標高779m地点まで20分ほど。標高779m地点から標高710m地点も20分ほどだった。右手の樹間に宮地山が大きく見えるようになる。標高710m地点から部分的に西側は鬱蒼とした植林になっている。東側の樹間には麻生山を見ることができる。標高672m地点はピークは通らず東側から巻く。明瞭な踏跡がある。標高672m地点を巻き終わると電柱があり、南方から電線が来ていた。標高710m地点からここまで約15分。電線は標高672m地点の方に延びていて、ピークに何らかの施設があると思われた。ここから明瞭な山道があった。電線とは違う方向だったが、これに従って下っていく。途中で植林に入るが、送電線の巡視道で見られるような階段や土留、仮設橋もあり、思いのほかしっかりした山道が続いている。やがて動物避けの柵が現れる。扉があり、そこから出ると民家の庭先に出た。民家の間をわずかに下ると、国道に出た。右に少し行くとバス停があり「上平」と書いてあった。次のバスまで時間があったので、歩くことにする。日影から大月に行くバスに乗ることができるかもしれないと考え、田無瀬から畑倉方面に進む。結局バスの時間に合わず、岩殿上を経て猿橋駅まで歩いた。上和田から上平まで基本的に樹林の中を行くルートで眺望は悪いが、冬枯れで樹間に周囲の山々を見ることができた。全体的に踏跡があり、部分的に明瞭な山道があった。ヤブを漕ぐようなことは無かった。山中で誰にも会わず、静かな山歩きを楽しめた。(2010年12月29日記載)

 

水無山頂上1(2010年12月25日)


水無山頂上2(2010年12月25日)


水無山頂上の標識(2010年12月25日)


尾越山頂上1(2010年12月25日)


尾越山頂上2(2010年12月19日)


尾越山頂上の標識(2010年12月25日)


尾越山頂上の三角点(2010年12月25日)




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